浮気とは不毛であるのか、考えてみました

浮気は、する方が悪い。浮気の後には何も残らない。付き合った時間の無駄。よく聞く言葉であり、そう断じるのは簡単ですが、本当に何も得られないのかを自分なりに考えてみました。
まず、パートナーがいる状態で、ほかの異性にちょっかいをかける。これは倫理的にいけないことです。しかし、浮気をされた立場である場合、倫理的にいけないという事実だけでやり場のない怒りと悲しみを抱え続けるのは、とても苦しいことでしょう。
どうして浮気をされたのか、よりも、浮気をするような異性を選んだのはなぜか。ここにもやもやした感情を晴らす鍵があるように思えます。
なぜ、浮気性の異性が近づいてくるのだろう。なぜ、浮気性の異性をパートナーとして迎え入れたのだろう。心が痛む質問を自分に問うたとき、安易な答えに満足せず、本心を見つめられたなら、もう浮気性の人物は自分に近づいて来たりしないでしょう。
浮気をする立場である場合、なぜ自分はそうするのかを考えてみるのがいいでしょう。そして、浮気性であるのにパートナーを作ったのはなぜでしょうか。決まったパートナーを持たず、奔放に楽しむことができないのはなぜでしょうか。己の心に問い、答えが得られたのなら、お互いを高めあい共に生きられるパートナーが見つかるでしょう。
浮気は倫理的に悪ではありますが、己や相手に降りかかった、逃れようのない試練であるのかもしれません。
試練は辛く苦しいものかもしれませんが、乗り越えられれば、間違いなく人生の糧になります。
よって、浮気は人生にとって全くの不毛ではないと言えます。